2021/08/27

人の抱く生存競争のイメージと実態が違いすぎてもはや窮地に陥っている

 

生存競争というと…
原始的で、動物的で、欲深く、強引で、乱暴で、いきあたりばったりで、低俗で、非文明的で、野蛮で、自分には関係ないことだと認識している人も多いのではないでしょうか。

そういう誤ったイメージに翻弄されると生存競争で崩れ落ちます。

生存──自分が生きることよりもとりわけ子孫を残すこと──に関してあまりにも消極的すぎるのです。

高いプライド、遠慮、受動的、早まった判断、今よりも将来を考えて悲観する、全か無かの極端な発想などが輪をかけるように生存競争からの早期脱落を促しています。




生存というのは無性生殖できる生物を除いて、最終的に「一人」では成し得ないことです。

それで人類はその始まりからずっと、あらゆる手段を講じて「二人」になるように努めてきました。
これを読んでいるみなさんが存在しているのも例外なくそうした結果によるものです。


ところが……


人類の理想は日に日に高くなり、不満ばかりが増大していきました。

それが生存競争に対して消極的にならせ、やがて途絶えていくというのは……本当に自然なことなのでしょうか。
「運命」の一言で片づけていいのでしょうか。

このままでは明らかにそうなることはわかっているはずではありませんか?


当初は消極的な姿勢でいても、年齢や経験を重ねることによって考え方が180°変わった人たちはたくさんいます。
私のように360°変わることもありますが……

ただ早いか遅いかの違いです。

早すぎることも遅すぎることもありません。

気づきにくいというか……人それぞれ時間を要するのです。

あせっても失敗するし、先延ばしにしても失敗……

ふさわしい時期があるというか、とにかく身の回りと情勢をよく見ておく必要があります。
学校や会社では誰も教えてくれないので、自分で気づくことが大切です。

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