2021年6月30日水曜日

想像力と論理力を失うと衝動性や反復性が残る

自分を客観的に見るためには理性だけでなく想像力が必要です。

想像力がないと自分の「今の姿」を正しく捉えることも、「こうなりたい」という未来の自分を思い描くことも困難になってしまいます。

だからマニュアル通りにしか行動できなくなるんですよ;;


マニュアルに書かれていることを実践すると、必然的に同義反復的な振る舞いになります。

同じことを繰り返し言う、内容を理解していなくても呪文のように反復すれば習得したつもりになる……


本来マニュアルは唯一の行動様式を示すのではなく、さまざまな場面で柔軟に応じるために用意されているものです。

ところが想像力が欠如しているとマニュアルに従うことはできても、応用することができません。

何の脈絡もない話を始めたり、衝動的に口走ったり、ただ反復したりするようになるので、それを評価するシステムを採用するしかなくなってしまうのです。


たとえば想像力の欠けている人が「ミニマリスト」に憧れると、生活に必要なものまで捨てて不自由することが多々あります。
しかしそこでミニマリストの夢を否定するのはカモを逃がすことになるので、「ひたすら捨てることを評価せざるを得ない」……というわけです。

自分の身の回りから物品が次々となくなっていくさまは視覚的によくわかるので、ミニマリストになっていることを実感しやすくなります。これは非常に好都合です。

………

想像力がなくて論理的に物事を考えられない人は、とにかく反復性に傾倒していることが多く、そうした極端な様相から注目されやすい特徴があります。

想像力というのは「芸術」や「感性」に関係するものと思われがちですが、実際には人間の本質にも結びついている大切な要素の一つです。


ネット上では「高学歴は勉強ができるだけの無能」とバカにされる風潮がありますが、それも一理あり、想像力の欠如を知識やコネクションで補おうとした結果であるともいえるのです。

同義反復的な発言を繰り返す政治家は少なくなく、研究職の多くは繰り返し収集したデータに基づき何度も再現性を確かめる日々を送っているのが現状です。それでも決して「低学歴」に務まる仕事ではありません。

しつこい反復が揺るぎない信頼性の裏付けとなるのも事実であり、キャッチーな言葉で大衆の心を捉えることがあるのもまた事実です。

こう考えると「バカと天才は紙一重」というのもうなずけるし、外部から叩けば叩くほどパフォーマンスアップにつながるのも納得できるでしょう。広告や宣伝の本質はそういうものといっても過言ではありません。


ただし「こじらせる」と取り返しがつかなくなることには注意が必要です。

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