たとえば「インターネットお絵描きマン」とか「Vtuber」などは、ただ絵を描いてSNSにアップするだけとか、「3DCGがしゃべってる」と思われていて、誰でもできるだろwwwといわれるコンテンツの筆頭です。
誰でもできるうえに生産性がないと追い打ちをかけられます。
彡(゚)(゚)「作画やプログラミングはできないからシナリオライターやります!」
進学も就職も上手くいかなかった人は「ゲームクリエイター」を目指したがるそうですが、比較的裕福な家庭であることが多く、学費を納めてそういう専門学校へ入ってしまいます。
絵も描けない、コードも書けない、作曲もできない、でもシナリオライターならできそう🤗
そういう「誰でもできそう🤪」「自分でもなれそう😎」といって群がってくることについて、本職はどのように捉えているのでしょうか。
なめんな😡
というのは一流ではないでしょう。
「未来の追随者」や「お得意様」と思って寛大に応じるのが一流です。
人手不足の業界が入門者を断り続けたら、自分で自分の首を絞めるだけです。
メモリが不足しているのなら増産を考えるはずですが、そこで「少ないメモリで動作するソフトウェアに移行しよう」とか「少ないメモリで我慢しよう」とすると墓穴を掘ります。
「少ないメモリで動作するソフトウェアを開発しよう」というのはいいのですが。
我慢や妥協が過ぎると、求めるばかりで何も与えられない「無産」になってしまいます。
上下や格差はあまり歓迎されたものではないのですが、少しでも与えられる者は、求め続けるだけの者より偉いのです。
2026/03/19
「自分でもなれそう」といわれるのは最高の賛辞ではないのか
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿