写真がそうであるように、見たままを捉えて再現する能力は機械のほうが優れています。
判子絵はパーツのレイアウトに過ぎず、一定の法則や規則性に従います。
生産者は効率化と省力化を求めるようになり、消費者はその結果を眺めるだけです。
技術もなく時間もない人が便利な道具を手にすることでそれが加速します。
皮肉なことにクリエイターが増えれば増えるほど多様性は失われ、判子絵と写実主義に傾倒していく……
一定の評価を見込める絵柄は限られています。
せっかく創造的なツールがあるのに、既存の人気キャラクターに似せて「再現」するだけなのが現実。
AIエンジンがどれほど多様性に富んでいるとしても、出力された作品を選んでいるのは人間です。
その人間の好みが非常に偏っているというか限局的であるため、似たような顔やスタイルのキャラクターしか描けない本末転倒なことが起きてしまう……
それで「AIよりもAIを扱う人間に問題がある」といわれているのです。
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