ピアノはともかく運動系は続けることが重要であり、やめたとたんに体調不良に陥る危険性がある。
アスリートが現役を引退すると急に太ったり薬物依存に走ったりし、昔の面影がなくなるのがよく話題になるだろう。
運動によって健全な心身が育まれ、続けることで維持されてきたのが、中断することでかえって悪い状況を引き起こしてしまうのだ。
体を使う習い事をさせるのなら、将来にわたって続ける必要がある。
……それはある意味で負担──十字架を背負わせることにならないだろうか。
善かれと思って「英才教育」を施したつもりが、逆に重い負担を子供に課すことになる……
またどんなに恵まれた環境でも、必ずしも期待されるような成果がもたらされるとは限らない。
そうなると結局……
誰のせいなのか
を延々と議論することになる。
成功すれば親の手柄だが、失敗すれば「他人のせい」である。
裕福な家庭に生まれ育っても悲観したり、非行に走ったり、自殺したりする子供がいるのはそのためだ。
人並みかそれ以上の自由を満喫できる立場でありながら、親の誤った方針により十字架を背負わされた子供は真の自由を求めて奔走し、意図しない冒険に旅立つ。
習い事だけでなく「美容整形」も「親の責任」といって強制することがある。
「醜い容姿では子供が不幸になる」──それを脱したい一心で大金を投じてしまう。
親の好みに作り替えるということだ。
幼い時期に整形手術をすると、その後どうなるのかはまったく予測できない。
維持費として何度も大金が飛び、後遺症や誹謗中傷のリスクも高くなる。
10代のころは魅力的とされる容姿も、20代になると好みやトレンドが変わってモテなくなる可能性だってある。
外見だけがもてはやされ、精神的に未熟のまま自我が成長しないのも深刻だ。
整形をしたらしたでそれを叩かれることを忘れてはいけない。
「ああ、生まれつき容姿のいいやつはうらやましい」
「醜い」のは容姿ではなく……………
2026/02/23
子供の習い事に水泳やピアノ…継続が前提でやめたとたんに困る
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