2019年8月30日金曜日

「嫌ならやめろ」←人手不足で続々倒産しているらしい

多くの職場で「人を選ぶ」余裕がなくなっているみたいですよ。
以前はコピペのように
「代わりはいくらでもいる。嫌ならやめろ」
という傲慢な雇用体制だったところが、本当に人手不足に陥っている。
もはや選べるほど人材が残っていないということか……
「やる気のある若者」はすでに取られており、「代わりの人間がいくらでもいる」ような状況ではないのです。
それを理解できない会社は潰れるしかない……ということ。
事業として成り立たなくなっているんですね。
学歴や経験や資格に夢を見すぎなのでしょう。
本来ならば就職した会社が教育するべき課題を、高校や大学や専門学校で習得済みだと考えるのがおかしい。

採用した人材を即戦力になると勘違いし、過大かつ不健全な働きを求めてしまう。

で、仕事を教えるのかと思いきや精神論根性論を何年も説き続ける。
教える側が仕事の本質を理解していないという異常なことが起こっている。

「嫌ならやめろ」

経験や伝統にとらわれて実際のデータをおろそかにする会社がよく今まで生き残ってこれましたね。
ちょうど節目を迎えているということではないでしょうか。
「潰れるべくして潰れている」というのは多くの人が感じています。
自然淘汰といってもいいくらいです。

いつまでも不動産や自動車に需要があると思うのが間違いなのです。
みんな昔よりも賢くなっていて、それらが「利権の塊」であることに気づき始めています。
「家は人生で一番高い買い物。車は二番目に高い買い物」…この認識は異常です。

もっといい買い物や、健全な経済のあり方について考えるほうがよほど建設的でしょう。
学校で教えないということは、よほど都合が悪いんですね……


「ハイテク」の意味するものが10年遅れているという指摘もあります。

これまで生産者や技術者を軽視して外注で済ませてきたのに、今さら国内に拠点を構えても正常に機能するとは思えません。現場にまともな教育者がいないのに、誰がどうやって運用できるのでしょうか? だからいつまでたっても原始的な伝統や風習を繰り返し、責任のなすりつけ合いになり、互いに足を引っ張り、生産性のかけらもない活動に興じることを美徳とする狂信者の集まりになってしまうのです。

しかもその実態は露骨な「天下り先」であるともいわれていますね。

結局、もともと力の強い人を手厚く守るために整備されたもので、それを支えるために働いている多くの人の待遇を改善するものではなかったということです。

ハイテクといいながら労働者をひたすら働かせるだけの構造に未来があると思いますか…?

どうして自動化できるプロセスを自動化しないのでしょうか。
失敗や間違いの許されない「仕事」こそ信頼できるコンピューターに任せるべきなのです。
主観や体調に影響される人間の「ヨシ!」など求めていません。
仕事や勉強でそのような理不尽さを強いられるので、逆に「ゲーム」では自動レベルアップやチートなどの効率的なツールを使うようになるのでしょう。

私はそれが非常に「おかしい」と感じています。

明らかに仕事と娯楽のあり方が逆です。

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