2021年3月7日日曜日

多様性や個性を尊重した結果「多様性を欠いた無個性」に収まる

これが本当に不思議なんですよね…
「多様性」と「個性」を推しても、行き着くところは多様性を欠いた無個性という。

たとえば絵画ではウケのいい「判子絵」や「写実主義」がいつまでも幅を利かせており、
多くの作家が同じような絵を描き、それを目指しているという現状があります。

顔やスタイルなども特定の「型」に整形することを望み、アプリで加工するのが定着しています。
化粧の技術が向上しても、行き着く先は同じ顔です。

婚活市場も年々条件が厳しくなり、多様性とは正反対の素質を求める男女が増えてきています。
一般的で、無難で、標準で、普通で、平凡なパートナーとは誰ですか?


就職活動に至っては無個性のオークション会場ではないでしょうか。
みな一様にスーツを着て慎み深い行動を取ります。


儲かりそうなことや成功が確約されているものにだけ投資をするのも多様性とは対照的です。
それは単なる現状維持であり成長や発展の担保とはならないばかりか、現実を見ての通り、むしろ成長を妨げる要因にさえなっています。


「前例主義」が強すぎるために危険を冒すことができなくなっているのです。
少しでも毛色の違うことを行うと奇異の目で見られるでしょう。

心のどこかで多様性を求めていても「同調圧力」に屈し、周りのみんなに合わせてしまいます。


「あいつはおかしい」
「どこかズレている」

とバカにする人というのは、裏を返せば

「自分はおかしくない」
「自分はみんなと同じだ」

と言い聞かせるために必死なのです。


私はそこに違和感を覚えます。
このようなことに何の疑問も抱かず、ただ従順な奴隷を量産されているのではないかと心配です。

誰かにヘイトが向けられるようにしなければ気が済まないのでしょうか。



たった一度の失敗も許されない──。

そんな無理な要求をするから新しい活動もできず、創造性も失われてしまいました。

教育といえば暗記と勉強。
どんな教科も先生が教えた通りの回答を求めるように強制されています。
考える力や創造する力を抑え込んで、とにかく言われた通りに行動するように教えられます。

ルールやマナーを守るようになるという面では優秀ですが、それ以外にできる活動が失われてしまいました。


夢よりも現実を追いかける

…しかし現実だと思って近づいたものは誰かの妄想だったり、絵空事や地獄への入り口だったりします。

多様性が損なわれると一点に集束するようになり、それが間違っていた場合には取り返しがつきません。

保身に徹しすぎるあまり周りが見えなくなり、自分の身を守ることすらできなくなってきています。
傲慢で自己中心的で身勝手な性格の人はそうして生まれています。

善良で優しい人も現状維持と前例主義に従っているだけなら、「寛容さ」が決定的に欠けていることがあります。


初めから道を完璧に覚える必要などないのです。
間違えた道を引き返すことさえできれば………

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