クロストークやバーチャルサラウンドの話題 ゲームのサウンドエンジンとデバイスに依存しないステレオの立体音響の仕組みと聴覚を理解する

目次

・はじめに
・そもそもクロストークとは何なのか?
・バーチャルサラウンドは何をしている?
・バーチャルサラウンドでFPSゲームが不利になる?
・ゲームエンジンとサウンドデバイスと聴覚
・2つの耳であらゆる座標からの音を認識できる理由
・多くの音源も2つの波形で表される
・マルチチャンネルサウンドが有用なのは限定的
・1930年代に確立された立体音響
・低音の定位はなぜ悪い?
・ゲームは基本的にステレオ
・イヤホンとヘッドホンを正しく装着する
・端子とボリュームコントローラーの問題
・スピーカーが不向きなのはなぜ?
・FPSゲームの索敵の基本
・まとめ


はじめに


クロストークは「一方のチャンネルの音が他方に漏れて聞こえる現象」であり、その原因には次のようなものがあります。順番に対処すると解決が早くなるはずです。

1.デバイス独自のバーチャルサラウンド技術。
2.Windowsのサウンドでスピーカー構成を確認。
3.Windowsの立体音響(Windows Sonic for Headphones)。
4.イヤホン端子の汚れやケーブルの断線。
5.クロストークを除去できないほどデバイスの品質が悪い。


1と2と3は意図的な音声処理によるものなので必ずしも悪いとはいえませんが、1はデバイスのソフトウェアでバーチャルサラウンドを無効にするかアンインストールし、2はWindowsのスピーカー構成でステレオに設定し、3はサウンドプロパティで立体音響をオフにすることで解決します。

「立体音響をオフにしたら平面的に聞こえてFPSゲームで都合が悪くなるのではないか」と思われるかもしれませんが、ゲームのサウンドはゲームエンジンで適切に処理されているので、基本的に音声処理を追加する必要はありません。

4はイヤホン端子を無水エタノールできれいに拭き取り、ケーブルの断線は修理交換またはリケーブルで対応してください。意外と端子の汚れがクロストークを起こすことがあるのです。

5はもうあきらめて返品するしかありません。


聴覚的にクロストークを認識できるほど設計の悪いオーディオ機器が、「どうせゲーム用だしちょっとくらい左右の音が漏れてもバレへんやろ…」というコンセプトで売られている可能性も否定できません。

基本的に「ゲーミング云々」を掲げている製品よりも、普通のオーディオメーカーが販売しているものを選んだほうが正常に動作します。

ぜひゲーミングサウンドデバイスを買う前にすべてのユーザーに読んでいただきたいです。買ってしまうと否が応でも「使わなければならない」という強迫観念に駆られて正しい判断ができなくなることが多いからです。



そもそもクロストークとは何なのか?


純粋な「ステレオ」で再生する場合には聴覚的に認識できるクロストークはほぼありませんが、
「バーチャルサラウンド」を有効にするとクロストークが発生し、
「Rチャンネルだけの音源を再生しているのにLチャンネルからも音が出る」現象が起こります。
ためしにイヤホン・ヘッドホンを左耳だけに当ててサウンドを再生してみると、Rチャンネルの音声がかすかに聞こえていることがわかるはずです。

Rチャンネルの音声を「一瞬遅らせて」「位相をずらして」「小さな音量で」Lチャンネルからも再生することでバーチャルサラウンドが実現されているからです。

意図的なクロストークと遅延が追加された音声を聞くと「音源が遠くにあるかのように錯覚」を起こします。
「部屋に設置されたスピーカー」から出ているような音をイヤホン・ヘッドホンから出す技術がバーチャルサラウンドの正体です。

イヤホン・ヘッドホンと違い、耳から離れたスピーカーから出てくる音声は特別な処理をしなくてもクロストークを伴います。
スピーカーの振動が物理的に「空気」を震わせて聴者まで届く間に、
左右のチャンネルが交差したり、部屋の壁や床に反響したりして両耳に到達するからです。
片方のチャンネルから出ている音声が「両耳」に届くためにクロストークとして認識されるのです。

よくモニターヘッドホンのレビューで「音の粒が見える」といわれるのは比喩であって現実の物理現象ではありません。

音の正体は音源の振動が「疎密波」として空気を伝播する現象であり、
部屋の壁や家具などの障害物に応じて反射したり干渉したりして波形が変化します。
銃声や足音のように瞬間的・パルス状に発せられる音も「粒」が直線的に聴者まで飛んでくるのではなく、
空気中に広がった「連続する波」が振動として伝わったものが耳に捉えられます。
壁に当たって跳ね返ったあと遅れて耳に到達する音が「反響」として聞こえるわけです。

音源から同心円状に波が伝わり、途切れることなく聴者の耳に届いて鼓膜を振動させたものが「音」として聞こえる仕組みです。

反響の遅延が長いほど広い空間にいるように感じられます。



バーチャルサラウンドは何をしている?


バーチャルサラウンドはスピーカーを設置した典型的な部屋の構造にしたがい、
スピーカーから広がって壁・天井・床などに反射する波形に似せた処理を加え、
あたかもその部屋の中で聞いているかのような音声を演出する技術に過ぎません。

聴者の耳に密着しているイヤホン・ヘッドホンは(よほど大音量でなければ)、
左右の音声が独立して耳に入るためスピーカーのようなクロストークは発生しません。
そこでバーチャルサラウンド技術によってクロストークを再現すると、元の音声をスピーカーから出ているもののように変化させることができるため、イヤホン・ヘッドホンから聞こえる音の雰囲気が一変するという仕組みなのです。



バーチャルサラウンドでFPSゲームが不利になる?


3Dゲームはゲームエンジンがサウンドデバイスに依存することなくリアルタイムに適切な立体音響を生成しているため、デバイス側のバーチャルサラウンド機能を有効にすると処理が二重に適用されてしまう問題があります。
ゲーム世界の三次元空間をもとに演算された音声に対し、デバイスがさらに別の音響をシミュレーションするのは逆効果です。

サウンドデバイスはゲームエンジンによってレンダリングされた音声に独自のアルゴリズムによる処理を加えることしかできないため、「風呂場にいるように聞こえる」「余分なクロストークによって左右の判別が困難になる」「特定の音域が妙に小さくなる」「大きな効果音がひずむ」などの障害を起こしやすいです。

クロストークはバーチャルサラウンドを再現する仕組みそのものであり、必然的なものなのです。
FPSゲームで「右から敵の銃声がしたと思ったのに左にいた」「全方向から反響しているように聞こえる」「なんかもう斜めの方角が聞き分けられない」というような問題が起こる原因になっています。

本来の音源にはないクロストークを追加することによってゲームのサウンドが変化してしまい、適切な音を聞き取ることが困難になるからです。

バーチャルサラウンドは音の追従性が悪く、物音に耳をすませているときに視点を動かすと音が遅れてついてくるように聞こえ、異なる方向から同時に音が鳴ったときに混乱することがあります。
FPSは「静止画面を見て楽しむ」ゲームではないので、視点移動に合わせてサウンドが上手く追従しないと不利になってしまいます。


ゲーム用にサウンドデバイスを探している場合、独自のドライバーやソフトウェアが不要な製品を選んでください。標準のドライバーのみで動作し、デバイス側のボタンやダイヤル類の操作がOSに干渉しないものなら、おそらく安定的に運用可能です。


バーチャルサラウンドが不利になると感じる人は無効にし、完全なステレオに設定したほうがいいですよ。
Nahimicのように根本的な欠陥のあるソフトウェアはアンインストールするしかない場合もあります。

Nahimicはオンボードサウンドを拡張するためのアプリケーションなのですが、インストールするだけで不審なソフトが常駐するうえ、内部的にチャンネルがアップミックスされているかのような挙動を示し、特定のゲームタイトルでサウンドの定位が崩壊する致命的な問題が確認されています。


「音声が左右反転してしまう」のはクロストークとは違いますが、クロストークを表現するためのドライバーに何らかの不具合が起きたことが原因と考えられます。
こういうトラブルが多いので、OSの標準ドライバーのみで動作するサウンドデバイスを選んだほうが賢明です。



ゲームエンジンとサウンドデバイスと聴覚


ゲームエンジンが3D空間の任意の座標から発せられるサウンドをリアルタイムに演算し、現実の一人称視点のように見えるグラフィックと同期して映像と音声を出力しています。
サウンドデバイスによるバーチャルサラウンドはゲームエンジンとOSのサウンドミキサーを仲介する「ミドルウェア」で2次的に処理しているに過ぎないため、定位の悪化や遅延の原因になります。

マルチチャンネル音源をステレオのヘッドホンで聴取する場合、ミドルウェアはステレオ信号にダウンミックスする処理を行っています。この処理の仕方がデバイスによってまちまちであるため、期待されるような効果を得られないことが多いのです。

人間の聴覚は左右の耳で音を捉えると鼓膜が振動し、電気信号となった2つの波形が神経に伝達され、元の音源が7.1chであってもどのみちステレオに合成されたものを脳で認識する仕組みになっています。

逆にいえば、人間の聴覚は7.1chの信号を独立した状態で脳へ接続できる構造にはなっていないということです。

ゲームのサウンドは、耳に密着するイヤホン・ヘッドホンを使用する前提で最適に聴取できる設計になっているので、据え置きのスピーカーはあまり推奨されません。
スピーカーの場合はまず「置き場」と「騒音」の問題があるので、住宅事情によっては運用が難しいでしょう。
また初めに述べたように、部屋の内装や家具によって音が複雑に反響し、それがゲームの索敵に影響するため、イヤホン・ヘッドホンより不利になってしまいます。

……なので、そういう音響をあえて再現するのがFPSゲームで有利になることにつながるという主張は、そもそも論理が破綻していると判断できます。

独自の音響技術やアップミックスなどの余計な処理をせずに動作する、シンプルなDACとアンプを搭載しているデバイスを選びましょう。

ソフトウェアによる処理で再現されるバーチャルサラウンドはデバイスに依存しないので、ゲームタイトルが正しくサポートしているなら試す価値があるかもしれません。

ゲームがリアルタイムレンダリングである都合上、処理の工程を増やせば増やすほど映像と音声の同期がずれて遅延をもたらす可能性が高くなることに注意が必要です。



2つの耳であらゆる座標からの音を認識できる理由


現実世界の左右の耳でどうして前後左右、上下、斜め、距離の違うあらゆる座標からの複数の音を瞬時に聞き分けられるのかは、
「左右の耳の非対称性」と「耳間(左右の耳の距離)」で科学的に説明することができます。

耳介(耳たぶ)の形状は前後にも左右にも上下にも非対称になっているため、
同一の音源であっても発せられる座標によって少しずつ異なった波形が鼓膜に届きます。
頭部や耳介に吸収・回折・反射されることにより微妙に波形が変化するからです。
また(個人差はありますが)耳間は20cmほど離れているため、
秒速340mの音は左右の耳に対し最大で0.6ミリ秒の遅延を生じさせます。

人間の聴覚はこのわずかな違いをリアルタイムに聞き分ける能力を持っているため、
ゲームエンジンによってそれを適切にレンダリングされたサウンドを聴取することで
あらゆる定位を現実とほぼ同じように認識できるのです。
経験や学習にはあまり影響されない本能的な体の反応です。

動物の中でもネコの聴覚は特に正確で、コウモリに至っては自ら発した超音波の反響を聞き取る能力を持っています。
しかしいずれも耳の数は2つ。ステレオです。

左右の耳の鼓膜を振動させる波形の違いと時間差から音源の方位と距離を判断できる構造になっているのです。
さらに「ドップラー効果」というのもあり、音源が自分に近づいているのか遠ざかっているのかを識別することもできます。
これはレースゲームなどで上手く再現されていて、車両の距離や速度を認識するのに役立っています。



多くの音源も2つの波形で表される


難しいですが、わかってしまえば実に簡単なことでした。
どんなに多くの音源があっても2つの耳で2つの異なる波形を認識し、それを脳が合成して「聞いて」いるということです。

部屋に置いた1つだけのスピーカーから音を出した場合でも、スピーカーの物理的な位置に応じて異なった波形が両耳に到達するため、モノラルであっても脳は擬似的なステレオとして聞いていることになります。

「チコちゃんに叱られる!」ではモノラルスピーカーの原理について紹介していましたが、
もう一歩踏み込んでステレオの説明もしてほしかったです。

5.1chであろうが7.1chであろうが、それらが合成されて2つの波形になったものを聞いているというのがポイントです。
時間軸で変化しつつ連続して伝わってくる空気の「波」……それが音の正体です。
音はある瞬間を切り取っただけでは「聞こえ」ないのでイメージするのが難しいでしょう。
途切れることなく連続する波形によって初めて「音」として認識されます。

オーケストラで多数の楽器を同時に演奏した場合、個々の楽器の音が独立して耳に入ってくるのではなく、すべての楽器の音が合成されて最終的に「2つの波形」になったものを「聞いて」いる、ということです。

脳は合成された2つの波形の中から個々の音に意識を向けることができるため、
繁華街の喧騒の中から友達の声を聞き取ったり、曲の中から特定の楽器の音だけを「耳コピ」したりできます。

ステレオスピーカーはその2つの波形を出力しているだけです。
実際の耳で聞くのと同じ波形を2つのチャンネルから再生すると、本当にその場にいるかのような立体音響を得ることが可能になります。
バイノーラルサウンドやASMRはこの原理を応用したものです。

もっと複雑なメカニズムがあるかのように思われるかもしれませんが、ステレオというシンプルな仕組みによって立体音響が再現されているのが本当のところです。



マルチチャンネルサウンドが有用なのは限定的


音源のチャンネル数の多さは人間の聴覚に合わせているのではなく、
映画館などの広い空間で再生する際、複数のスピーカーを用いることによって
聴者の位置(座席)による聞こえ方の差を少なくするのが狙いです。
映画館では多数の人間の体が「吸音材」として作用してしまうため、
スピーカーの位置は物理的に高くなっていて、人体との干渉を抑えるように設計されています。
またチャンネルを分けることで音源の「編集」がしやすくなるというのもあります。

ところがゲームのサウンドはチャンネルベースではなくオブジェクトベースの音源をリアルタイムに処理しているため、
ゲームエンジンの都合で基本的にステレオで最適に聴取できる仕様になっています。

マルチチャンネルのデバイスはステレオに比べてほとんど普及していないのに、ゲームサウンドを7.1chに最適化するメリットがありません。
ステレオで再生した際に問題の起こるゲームなんか発売したらリコールものですよ。


多くの人はFPSゲームを据え置きのスピーカーではなくヘッドホンやイヤホンでプレイします。
耳に密着するデバイスはそれ自体が高い遮音性を持ち、外来のノイズを遮断するため、非常に合理的なのです。
先に述べた通りクロストークを抑え、ゲームエンジンが生成した正確な立体音響を聴取するのにとても有効です。
このときマルチチャンネルにアップミックスする処理は有用でないというか意味がないため、音響と聴覚を理解している人であればゲームに合わせて最適なサウンドオプションを設定し、有利にプレイすることができます。

もともと立体音響として生成されている音声に別のバーチャルサラウンドを適用するのは逆効果です。


バーチャルではない7.1chで収録されている音源を再生する場合は注意が必要です。
7.1chをステレオで再生する際に「LとRのチャンネルのみを出力する端子」から取り出せる音声にはサイド・リア・センター・サブウーファーが含まれていないため、本来の音質が大幅に損なわれてしまいます。
極端な話、斜め後ろの音声が出力されず無音になります。

7.1chのソースを2chにダウンミックスする処理を行うか、7.1chとは別に収録されたステレオの音源を再生する場合は問題になることはあまりありません。
しかし各スピーカーごとに独立した端子を備えた7.1chのサウンドカードを使用している場合は、通常のステレオヘッドホンを端子の1つに接続しても特定のチャンネルしか入力されないため、やはり音質が損なわれてしまうことに注意してください。

独自技術ではなく規格されたサラウンドの場合は、音源のフォーマットとデバイスが対応していれば有用かもしれません。

ダウンミックスのアルゴリズムはデバイスやソフトウェアによって異なるため、ステレオで生成された立体音響に比べて上手く機能しなくなることが多いのです。


デバイス側でバーチャルサラウンドを有効にすると、ボイスチャットの声にもサラウンドが適用されて会話しづらくなることがあるので、基本的にステレオで運用するのが正解です。

バーチャルサラウンドを使いたいのはゲーム本編のサウンドだけのはずです。デバイスやソフトウェアによる処理はOSのサウンドミキサーすべてに適用されるので、ボイスチャットの声もサラウンドで再生されてしまうのです。

ボイスチャットの音声にサラウンド効果を適用したくない場合は、Windowsのサウンドプロパティで「既定の通信デバイス」としても別々に設定可能な独立した録音デバイスを利用できるものが必要になります。


どのような音源も「最終的に2つの波形で再現される」という原則を理解すれば、「ステレオを7.1chにアップミックスしても結局ステレオ音声としてしか聞き取りようがない」のがわかるでしょう。
「音の正体は粒ではなく波である」という本質を理解することが大切です。

ステレオから7.1chに変換する過程で「音の広がり」が強調されるだけなのですが、どのように「感じる」かは個人差があるため、それがマーケティングとして成立しているということです。

紙の印刷物をコピーしても元のデータより品質が高くなることはないのと同じように、サウンドデバイスによる処理も「劣化コピー」といえます。

それでも音響が変化するので意味があるかといえば「ある」のですが、「有用である」かは各自の判断に委ねられていると考えてください。



1930年代に確立された立体音響


ステレオヘッドホンで現実世界の立体音響を完全に再現できるという事実は1930年代に発見されました。
それ以前は無数のマイクで収録した音声を、聴者を取り囲むように設置した無数のスピーカーから再生することが理想であると考えられていたのです。

ところがその試みは失敗し、1931年にステレオの概念が確立されると2つのチャンネルだけで立体音響を再現できることがわかり、ステレオ放送が世界中で普及するようになりました。

この点は「ヒトの聴覚」のメカニズムについて理解するまでは納得できないでしょう。

左右の耳の鼓膜が振動するのと同じ波形の音を聞けば、本当にその場にいるようなリアルな音響体験ができます。それを上手く実現できるのがステレオヘッドホンということなのです。

ヒトの聴覚の構造がステレオに対応しているからそうなっているのであって、決して時代遅れの懐古主義が強調されているのではありません。




低音の定位はなぜ悪い?


高い音に比べると低い音はどこから出ているのかを認識することが難しくなります。
人の頭部はその寸法から800Hz以上の周波数を減衰させる「障害物」として作用するため、高い音に関しては左右の耳に到達する音圧の違いが区別しやすいのですが、それ以下の周波数は頭部より波長が長くなることから音の到達する位相差と時間差で認識するしかなくなります。

左右の耳に到達する時間差に加えて位相差を聞き取ることができる周波数の音は正確な定位を得やすいのですが、さらに低い音になると両耳に対してほとんど波形が変化しないため、たとえ真横から音が出ていても正面から聞こえているように錯覚します。

これを利用したのが「サブウーファースピーカー」です。
特に80Hz以下の低音は人間の聴覚では正確な位置を特定できないため、サブウーファーは部屋のどこに取り付けても設計通りに聞こえるようになっています。
サブウーファーからは十分に低い音声のみを出力するようにしないと、メインスピーカーの周波数帯域と重複してしまうので注意が必要です。

イヤホン・ヘッドホンで聴取する場合も低すぎる音は定位があいまいになります。
重低音が強調されるイヤホンやイコライザーを設定するとFPSゲームでは不利になるかもしれません。

逆にいえば、重低音の成分を中音域へシフトすることで定位が向上する可能性があるということです。憶測ですがEPOS(ゼンハイザー)のサラウンドはこれを応用しているのかもしれません。G433の音質がやたら「軽い」と酷評なのも、意図的に低音の周波数を上げているのが原因かもしれません。



ゲームは基本的にステレオ


ゲームタイトルによってはサウンドの設定でステレオや5.1chを選択できるようになっているものや、特定のバーチャルサラウンドをサポートまたは推奨しているものがありますが、それらしい項目がない場合は必ずデバイスをステレオに設定してください。
マルチチャンネルの設定に対応していないゲームをデバイス側で強制すると定位がおかしくなる場合があります。

またゲームタイトルがバーチャルサラウンドをサポートしているとされていても、実際に適用してみると「やっぱり逆効果…」ということがあるので、そのときはステレオと聴覚の基本を思い出して設定を戻してください。

ゲームによってはサウンドの常駐アプリケーションが「不正ツール」とみなされペナルティーを課せられたり、セキュリティーに弾かれてログインできなくなったりする可能性もあります。


繰り返しますが、ステレオというのは懐古主義ではなく人間の聴覚に対応した最適な音声の仕様です。
マルチチャンネルをステレオの上位互換とみなすのは誤った判断です。
今一度、ステレオと聴覚について考えてみてください。


お金があまっている人はさまざまなデバイスを試してみるといいでしょう。たくさん消費することでメーカーが儲かり、音響技術の向上と普及につながる可能性があります。気に入らなければ売却すればいいのです。いつかステレオの常識が過去のものになるかもしれないので、興味があればどんどん投資しましょう。

中古品がやたら出回っているデバイスはそれだけ効果的ではないということがうかがえるので、購入の候補から外してもいいように思われますが、やはり実際に使用しなければわかりません。

これはもう論理ではなく「好みの問題」なので、自分の経済力と相談して冒険するもよし、堅実にいくもよしです。



イヤホンとヘッドホンを正しく装着する


「ステレオだと音が近くに聞こえる」「頭の中で鳴っている感じがする」のは、イヤホン・ヘッドホンが正しく装着されていないのが原因であることが多いです。

イヤーピースのサイズが耳の穴に合っていないと音が漏れたり、周りの騒音が混じったりして本来の音の聴取ができなくなります。低音がスカスカになるだけでなく、距離感も狂ってしまいます。

イヤーピースの大きさ、形状、材質を選ぶことによって遮音性が改善したり、鼓膜との距離によって周波数特性が大きく変わったりするのがカナル型イヤホンの特徴です。耳の穴に入れる深さや角度などを試行錯誤すると、同じイヤホンでも聞こえ方がまったく違ってくるので時間をかけて取り組んでください。




私はRHAのデュアル・デンシティシリコンイヤーピースがお気に入りです。
適度な柔らかさがあり、耳の穴を無理に押し広げられる感覚が少ないので長時間の使用に最適です。



 

イヤーピース単体で販売しているかどうかはわかりませんが、水月雨のSpaceShipというイヤホンに付属されているものもオススメです。
私はこのイヤホンを「寝ホン」として使用しています。

イヤーピースと装着法を変えるだけで本当に驚くほど低音がよく出るようになるので、エージング云々を考えるよりはるかに効果的です。



ヘッドホンが正しく装着されていない場合も音が漏れやすく、締めつけが強すぎて痛い、弱すぎてズレ落ちるなどの問題があるため、ヘッドバンドの位置と長さを自分の頭部に合わせて調整してください。

装着の仕方が正しくないと音が漏れ、漏れた音が反対の耳にも聞こえて「クロストーク」を起こすのでさらに音響が悪くなります。

イヤホンはケーブルに触れた際にゴソゴソというタッチノイズが目立つ場合があるので、「シュアがけ」という後ろから耳たぶの上に引っかける装着法がおすすめです。

ヘッドホンのイヤーパッドは消耗品で、経年劣化によりボロボロになることがあります。劣化したイヤーパッドは被覆が細かく砕けて髪や服が汚れるし、音質も低下してしまうので交換が必要になります。
しかし保守部品として正規に取り扱いのない商品が多く、ヘッドホン自体が実質「使い捨て」という場合があるのが問題です。
長く使えるのは「モニターヘッドホン」というジャンルで、たとえばオーディオテクニカはイヤーパッドやケーブルを個別に注文することができます。同じヘッドホンを使い続けたい人は交換用の部品が提供されているものを選びましょう。



端子とボリュームコントローラーの問題


端子が手の脂やホコリで汚れていると「ガリガリ」というノイズが発生する場合があるので、ときどき乾いた柔らかい布で拭くようにしてください。無水エタノールを染み込ませたティッシュで拭くのが理想的です。

端子が接触不良を起こすと、ひどいクロストークや音量が異常に小さくなることがあります。

またケーブルが断線しかかっている場合も同様の問題が起こります。

ゲーミングヘッドセットにはケーブルの途中もしくはハウジング部分にボリュームコントローラーがついているものもあります。

このボリュームコントローラーは「可変抵抗器」と呼ばれるもので、ダイヤルやスライダーを動かすことでケーブルの抵抗値を上下させて音量を調整する仕組みになっているのですが、ステレオの音声信号に1つの可変抵抗器が対応するため、左右の音量が微妙に変わってしまう(ギャングエラー)ことがあります。

ボリュームの位置によってノイズが聞こえたり、左右の音量が変わったりして非常に困る場合があるので、できるだけボリュームコントローラーには触らないほうがいいでしょう。
しかし定期的に動かさないとノイズまみれになることもあるため、本当はボリュームコントローラー自体がないほうがいいのですが、アナログの抵抗器の性質上、サウンドデバイスから出る「ホワイトノイズ」の軽減に一役買っていることもあり、一概にないほうがいいとは言い切れないのが現状です。

このようにボリュームコントローラーは一長一短ですが、ギャングエラーと音質の変化が気になる人はボリュームコントローラーのないヘッドホンを選んだほうがいいでしょう。




スピーカーが不向きなのはなぜ?


スピーカーは住宅事情によって「騒音」と「設置場所」の問題をクリアできない場合があるため、イヤホン・ヘッドホンに比べて運用が難しいというのが大きな理由です。

さらにスピーカーと聴者の距離…つまり複数のスピーカーを2つの耳まで均等な位置にセットすることが難しい問題があります。人間は音速という非常に高速なものに対してもわずかな「時間差」を聞き分けられる聴覚を持っているため、スピーカーの距離が合っていないと違和感が生じてしまいます。

またスピーカーから出る音は部屋のあらゆるものに影響され、さまざまな変化を伴って本来の波形とは異なった音を連続して聞くことになります。これはスピーカーの品質や設計の問題ではなく、波の性質を持った音の仕様といっていいでしょう。

ゲームのサウンドはスピーカーでももちろん迫力のある音響体験ができますが、やはり一定の距離を伝わって耳に到達するために「遅延」というハンディキャップを負うことになります。

わざわざ不利な条件で対戦をしたくはないですよね。ボリュームによっては家族や近隣の迷惑になって刺されるかもしれないし、音量を気にしながらゲームをするのも疲れます。



FPSゲームの索敵の基本


初心者がサウンドの重要性について知ると「音だけで索敵しようとする」というありがちなミスを犯します。FPSには「画面の中心を狙う」という鉄則があり、敵を攻撃するにはそこにターゲットを捉えなくてはならないため、音を聞いているだけでは勝てません。

FPSは「音源」を画面の中心に捉えると「正面」から音が聞こえる設計になっています。
そこから少しずつマウスを操作して視点を動かしていくと、それに応じて音源も移動し、音の聞こえる方向が変化します。
これはゲームエンジンが音源と視点の相対的な位置関係をリアルタイムに演算し、現実世界で聞こえる音響に近いサウンドを生成しているためです。決して難しい理屈や計算がユーザーに求められているわけではなく、日常とほとんど変わらないメカニズムで動いているので、誰でもFPSゲームを楽しむことができるのです。

まず正面に捉えた音源から水平方向に180°視点を回してみましょう。
デバイスが正常に動作していれば、画面を半回転する視点に追従して音源が移動することがわかるでしょう。異常なデバイスやサウンドの設定が誤っている場合、特定の角度で音が消えたり、不自然に音量が変わって距離が違って聞こえたりします。
正面から真後ろへ音源がどのように移動するかを聞き取ります。

「真後ろ」の音の感覚と、そこからマウスをどのくらい動かすと180°回転するかをしっかり覚えておくことによって、後ろから追ってきている敵を振り返りざまに攻撃することが可能になります。

「180°を1°刻みで聞き分けることが必要なのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、実は細かい角度は重要ではないのです。
マウスを素早く操作して音源のほうを向くとき「視点も動く」ので、その動きつつある画面を意識することのほうが大切です。

言葉で説明すると難しいかもしれません。

現実の部屋で物音がすると、瞬時に、ほぼ正確に音源のほうを振り向くことができますよね。それは最初から音源の正確な位置がわかっているのではなく、振り向きながら実際の部屋の構造の記憶を脳が照会・補正しつつ場所を特定しているのです。

「音だけで索敵する」のではないし、振り向けばその場所にターゲットが「見える」ので、どうすればいいのかはわかるでしょう。


「上下」や「高低差」のサウンドが上手く聞き取れないという上級者も多いです。

上下の音の違いはゲームタイトルによっては再現性のよくないものがあり、足音に関しては床の材質の違いによる認識……たとえば自分が2階にいて、1階の砂利を歩く敵と、2階の畳で控える味方と、3階の板の間を歩く動物では足音が違うので区別できる……という具合の聞き分けしかできない場合があります。

空を飛んでいて銃撃の音が「下」から聞こえるのも、地上にいてヘリコプターの音が「上」から聞こえるのも、実はそのようなサウンドが完璧に生成されているのではなく、「経験則」によってそう聞こえていることがあるらしいです。
ちょっと冗談というか嘘っぽく思われるかもしれませんが、自分が戦場の上空を飛んでいれば地上戦は「下」で行われていることは確定なので、銃声は「下」から聞こえてきます。
逆にそのような先入観がない状態で音を聞くと上下が判別できない状況に陥ってしまうことがあるのです。

最近のゲームはサウンドのアルゴリズムもよくなっている「はず」なのですが……それでも音源が上か下かわからないという人は、実際に視点を上に向けたり下に向けたりしてみましょう。

視点を上に向けたときに音がより大きく聞こえた場合、上に音源があります。
小さく聞こえた場合は下に音源があります。


上下があいまいなゲームでは、このように機転を利かせないと判別が難しいことがあります。
イヤホンの人はヘッドホン、ヘッドホンの人はイヤホンに変えて聴き比べてみるのも違いがわかるいい方法です。

目を閉じて音だけを聞いていると、意外と感覚が鈍くなるものです。つまり「視覚」から得られる情報も実は重要であり、正確に音源を追跡して相手を撃ち倒すためには目で見ることが欠かせません。

動かない音源を聞いて場所を特定する練習ではなく、動いている音源を常に画面中央に捕捉し続ける練習をすることをオススメします。本当に上達すれば、オートエイムを疑われるほどの腕前でターゲットを追いかけることができるようになるでしょう。もちろん油断すれば自分が背後から撃たれるかもしれません。

FPSの真の面白さはおそらくそこにあります。

そして面白さを味わうためには適切なサウンドを聴取することが必要不可欠です。








まとめ


1. 音源(ゲーム)がステレオサウンドの場合はステレオで。
2. マルチチャンネルサウンドの場合はきちんと対応しているデバイスまたはソフトウェアで。
3. ステレオサウンドをデバイスの都合で7.1chにするものは劣化することが多い。
4. ゲームのサウンドオプションに立体音響の項目があれば有効にする。
5. ゲームのサウンドオプションにデバイス側の機能を利用するものがあれば有効にする。
6. イコライザーと統合されたバーチャルサラウンドは未知の可能性あり。


1はほとんどのゲームで推奨されます。
2はゲームタイトルによっては適切に動作するかもしれません。
3はほとんどのゲームで非推奨です。ボイスチャットの声にもサラウンドが適用されて不自由することがあります。
4は非常に効果的ですが、デバイス側の立体音響は無効にする必要があります。
5はWindowsXP以前のPCゲームが対応しています。
6は特定の周波数を聞きやすい帯域に調整したり、不要な音域を切り捨てたりする処理をしている場合があり、必要な音を上手く抽出することで元の音源より定位が向上する可能性があります。





これらのメカニズムがなかなか理解できませんでした。

私はこれを理解するのに独学で1年以上かかり、記事を書くのに3年を費やしてもなお上手くまとまっていないのが現状です。

多くの時間とお金を無駄にしてしまいました。
痛々しいですね;;

[audiocheck.net]
このサイトを知らなければ私はいまだに理解できなかったでしょう。

正確な物理法則と人体の仕組みを理解しない限り、業者のセールストークの本質を見抜くことはできないので、広告やレビューサイトばかり眺めている人は永遠にだまされ続けることになります。
これは「マイナスイオン」や「水素水」や「デトックス」などのエセ科学にまつわる情報とまったく同じ深刻な社会問題でもあります。似たようなロジックによって詐欺まがいのビジネスがいつまでも繰り返されるのは胸が痛みます。


少しずつ理解している人は増えてきているようですが、いったん定着した誤信念はなかなか払拭されず、嘘が嘘を呼び、誤解が誤解を生む悪循環に陥っています。






サウンドデザイナー兼エンジニアであるaudiocheckの中の人いわく、静音な部屋で聴取できるのであれば長時間の作業でも負担にならず、外来のノイズを遮断する必要もない開放型ヘッドホンを選ぶのが「フラットでクリア」に聞こえるためオススメとのことです。

しかし一般的には無響室はおろか静音な部屋すら用意できないことが多いため、インナーイヤー型で耳掛け式(シュアがけ)のイヤホンにコンプライのイヤピースをつけて遮音性を高めるか、密閉型のヘッドホンの中から選んだほうがいいでしょう。

周りの騒音は、聞こうとしている音源や再生機器の品質よりも影響するからです。
騒音レベルが高いほどダイナミックレンジ(最大音量と最小音量の比)が低下し、
適切に聞き取ることのできない音声成分の割合が多くなってしまいます。

騒音に負けないように大音量で鳴らすのが一番耳にダメージを与えます。
知らず知らず音量を上げてしまう通勤や通学中に音楽を聞くことがもっとも危険といわれています。

専門家のアドバイス通り、視聴はできるだけ静かな環境で音量を上げすぎずに行うようにしてください。




バーチャルサラウンドと聴覚の仕組みについて知ると、今までだまされていたように感じる人が多いと思います。


ゲームにおいてあらゆる座標の音源を処理しているのはゲームエンジンであり、デバイスの(2次的な)働きによるものではないということが肝心です。

だからサウンドデバイスよりも、最終的な音の出口であるスピーカー、イヤホン、ヘッドホンの設計と装着感(遮音性)のほうが実は重要なんですよ。


メーカーの独自技術や造語には特許が認められますが、それは科学的な正しさや妥当性を担保するものではなく、「優良誤認」をまぬがれる口実に過ぎないことを忘れないでください。


・空間オーディオ
・3Dサウンド
・バーチャルサラウンド
・7.1サラウンドサウンド

さまざまな名前があっても実態はどれも同じようなもので、最終的に「左右の鼓膜」を振動させる仕組みであることに変わりはありません。こうした用語や技術は定期的にオカルトのようなブームを巻き起こしていますが、聴覚のメカニズムを理解していれば惑わされることもなくなります。




もしステレオでバーチャルサラウンドも切っているのにクロストークやノイズが発生する場合は、端子が汚れていないか、きちんと挿さっているかを確認してみてください。

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