2014年6月19日木曜日

×写真が好き ○カメラが好き ×絵が好き ○絵を描く道具が好き

男は写真ではなくカメラが好き
女は写真ではなく撮影している自分が好き

という話を聞いて、なるほどそういう傾向があるのかと思った。

でも私はしょぼいデジカメでいろいろパシャパシャ撮ってプリントして
これまたしょぼいアルバムに収めたり、被写体の人にあげたりしている。
人の顔や個人情報の入った写真が多いのでブログにはアップしていないだけで、
けっこう写真は撮っている。

カメラにこだわってもしょうがないからね……
中途半端に凝るくらいなら安物を使い潰したほうが絶対にいい。
写真として紙ないしデータになったものが肝心だと思っている。

実際に撮影した写真についても加工なんかぜんぜんしていない。
メッセージを入れたりコラージュにしたりとか一切していない。
日付だけ。

カメラや写真のプロを相手にするわけじゃないんだから、
ピンぼけとか手ブレとかしていなければ十分なんだよね。


たとえ高級コンデジや一眼カメラを使ったとしても、
実際に撮影された写真を見る人は
それがカメラの性能なのか、カメラマンの腕前なのかわからない。

相手に伝わらない情報はないのと同じ。
ことさら強調したところで感動は伝わらないし、むしろ独りよがりと思われる。



父は昔「写真」に凝っていた時期があり、家族の写真が数多く残っている。
30年前の話だ。
カメラに凝っていたのではなく、あくまでカメラで撮影する写真に凝っていた。

「写真の愛好家の集まりは、決まってカメラの品評会になる」

という。

おお、たしかに、「男は写真ではなくカメラが好き」という印象を受ける。


どんな写真を撮っているかではなく、
どんなカメラで撮っているかの話題になるのだという。

カメラのメーカーに始まり、レンズ、三脚、フィルム、メンテナンスなど、
カメラの品評会の話題は尽きることがないそうだ。

実際に撮影している時間より、カメラをいじっている時間のほうが長いのではないか。



もちろん、カメラをいじる行為を否定しているわけではない。

でもそれは同じカメラをいじる者同士でしか話題を共有できず、
写真をただ「見る」だけの人にとっては魅力がないかもしれないのだ。



話を現代に戻そう。

今では同じ趣味を持つ人の知り合う機会が非常に多い。
インターネットで手軽に話題を共有することができる。
ツイッターに写真をアップし、カメラのうんちくを語ることもできる。

そこでもやはり、どんな写真を撮っているかではなく、
どんなカメラで撮っているのかという話題になることが多い。

お絵描きも同じだ。

何を描くかではなく、何を使って描くかを気にする人がとても多い。
絵を描く道具に始まり、手順、ノウハウ、参考資料などが、
実際に描くことや完成作品よりも重視されることがよくある。

デジタルなら特にペンタブレットについての話題は絶えることがない。
ペンタブのメーカー、機種、ソフトウェア、操作方法など、
絵そのものはどうでもよくて、単に道具を所有していることや、
絵を描いている自分をアピールすることが目的となっている人もいる。

そのような「所有物」や「自分」のアピールには限界がある。

だから次には「どんなレンズを買おうか」とか
「絵を描く動機について」語り始める。

まともな写真や絵は出てこない。


それでもいいだろう。


だが、実際に撮影した写真や描いた絵よりも価値があるとは思えない。

たしかに高級なカメラは10万20万、レンズだけで100万円以上するものがある。
だから「価値がある」ことに異論はない。
しかし道具の価値だけで満足するのだろうか?

満足する人はそれでいい。

満足できない人が問題なのだ。


どちらに属する人もネットには大勢存在する。

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