まず免許を取って大型2種を持たなければならないバスと、子供嫌いに勤まるはずのない保育士に、ただの「憧れ」でなろうとするのはどういうことなのか。
高校を卒業していないのに高校の教師になるとか。
そうした不条理や衝動性は、生成AIクリエイターに広くみられる。
たとえば絵の描けない人が生成AIイラストレーターになると……。
純粋に「絵を描く」という動機の備わっていない人がツールを駆使して絵を生成しても、機械的な作業に陥りがちで、そこに創作の熱意が宿らないためにどこか「ずれた」作品になってしまう。
たしかに生成されたイラストは「成果物としては」優れていて評価されるかもしれないが、自分の手で筆を執って描くという重要な工程が欠落しているため、他人事のように感想を語ってしまう。
AIイラストは手描きでもなければ「トレース」でもなく、「どうやって描いたか」と聞かれても答えようがない。
「手描きであると偽るAI絵師」が長く続かないのはそういうことなのである……
AIならAIと認めれば建設的な活動に興じることもできるのに、自分の手で描いたとウソをつくから取り返しがつかなくなる。
もともと手描きのスキルのない人は「即興」でイラストを描くこともできない。
生成AIで何かを作るのは悪いことではないし、新しい技術の発展にはむしろ欠かすことのできないものだと思っている。
問題はその「見せ方」にあるというだけで……
生成AI自体はどんどん活用してもいい。
実際に普及して広く受け入れられており、スーパーの売り場や農協の育苗コーナーでもその独特のイラストをよく見かけるようになった。
ただの文字のPOPやワードアートなどよりも目を引く。
そして同時に「いらすとや」の作品をほとんど見かけなくなった。
栄枯盛衰、生者必滅……
2026/08/14
運転免許がないのにバスの運転士になりたいとか、子供が嫌いなのに保育士を目指すようなもの…生成AIクリエイター
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