2026/02/18

まぁHHKBの「馬の鞍」理論もアップデートが必要だわな 過大評価もほどほどに

プログラマーはまさにソフトウェアを扱うプロなのに、なぜ話題となるのが鞍ばかりなのかが不思議である。

どんなコードを書いてどんなアプリを製作しているのかではなく、使用機材などの「開発環境」やファッションとしてのアピールしかされていない。
業務内容よりも仕事道具を優先するエンジニアのどこが一流なのだろうか。

時間と労力を割いてキーボードを自分なりにカスタマイズした末に完成させても、長く使う者はほとんどいない。また気に入らない箇所を作り直してしまう。
変更や修正に追われて安定的に運用できない──「馬の鞍」とはそのようなものなのだろうか。

特にHybridやStudioでは「乾電池」をどうするのかという議論がいまだに続いており、設計もさることながらユーザーの意識もどこかおかしいところがある。


公式SNSも担当者の承認欲求や自我が露呈しており、鞍どころかアパレルやグッズなどズレた商品展開が目立つ。

これらは別にいい。
製品としてのおかしさや馬の鞍の矛盾点を許容できる人でなければどのみち使いこなせない。

むしろ30年間アップデートされない馬の鞍を誇るだけの活動に何の意味があるのかが問題だろう。


HHKBがゲームにも向いている万能なキーボードだと絶賛するのは単なる過大評価か、その程度のゲームしか経験したことのない井の中の蛙である。

たしかにHHKBは正確なキー入力が可能で実際に定評があるのだが、レスポンスや押下圧やストロークといった多くの要素がゲーミングには最適であるとはいえないからだ。
アンチゴーストやNキーロールオーバーなどの機能は今や「当たり前」に実装されているものであり、何らアピールポイントにはならない。

長時間のゲームプレイでも疲れないことや、より早く反応するスイッチ、ゲーム向きのアクチュエーションポイントやフィードバック、連打や同時押しや長押しに適した角度や高さなどを追求すると、「タイピング」とは本質的に異なる設計となる。

かつては(15年くらい前か)高品質で信頼性の高い「60%キーボード」といえばHHKBが筆頭に上げられるくらいほかに選択肢がなかったため、当初かなりのゲーマーから支持されていたのは事実であるし、私もHHKBにあこがれている時期があったし、使用して感銘を受けて「これしか勝たん」とさえ感じていた。

ところが今では光学式や磁気式などのゲーミングに特化したスイッチが次々と開発され、量産と低価格化が著しく、HHKBの半額か1/3以下で買えるラインナップが数えきれないほど充実している。
価格でもパフォーマンスでもプロモーションでも現代の「ゲーミングキーボード」にはHHKBでは太刀打ちできないし、あえて選ぶ理由が見当たらない。そう、いうなれば “あえて選ぶ” ことはなくなった。

押下圧が45gといっても、スプリングのメカニカルや磁気スイッチと、ラバードームの静電容量無接点では圧力曲線がまったく異なり、45gのHHKBはゲーミング用途では思いのほか負担になってしまう。

声の大きな者が「HHKBにはパームレストは必須」という論調を生み出し、それを鵜呑みにする者であふれ返っている。
「自分の馬の鞍」であるのにもかかわらず、使用感や相性について自身で判断できず、常に人目を気にして容易に流されてしまうのだ。


15年前のメカニカルキーボード全盛期から知識がアップデートされていない人は、まず最新のゲーミング事情を調べるようにされたい。

アップデートを怠ってグローバル視点での観察をおろそかにすると時代に取り残され、「日本製であること」以外の競争力を完全に失った何ら優位性のない製品を手に取ることになる。
勝ってもいない試合で守備に徹するような競技に何の意味があるのだろうか。

……もちろん「好きで選んでいるのなら」かまわないし、それが正しい答えである。

私が言いたいのは好みの次元とは異なる部分についてだ。


HHKBに長年の愛着とバイアスのかかっている私でさえ、ゲーミングには向いていないと断言できる。
その理由がこれである。

キー数が足りないとかマクロを組めないとかピカピカ光らないこと以前に、設計がゲーム向きではないためだ。


HHKBだって壊れることはあるし、合わなくて手離す人もいることを忘れてはいけない。

HHKBユーザーはキーボードに対して妙な全能感を抱いたり、馬の鞍という道具に過ぎないものを自身の実力以上に高く評価したりする傾向があり、しだいに歪んだ思想に陥りがちである。

これは反面教師として心に留めておかなくてはならない。


Amazonとマーケットプレイスの出品者を信頼しない一方で、「サクラチェッカー」を疑いもなく信用し、「広告ブロック」を平気で利用するようなものだ。
「暴露系」や「真実を教えます…」的な情報に弱く、結局真実から遠ざかってしまう。
普段からインプットに専念してアウトプットをしないため、情報を見聞きしても自己完結し、自分に酔ったポストを日々投稿するだけで物事の本質が理解できない。エンジニアが聞いてあきれてしまう。

別にHHKBを悪く言うのでもなければ、ユーザーをけなしているのでもない。目糞鼻糞を笑うことになってしまうからだ。

盲目的な信頼に気をつけろという意味であり、常に現実と向き合うのを怠ってはならない。


「悪いことを悪いと言えないことが、良いことの証なのだろうか?」

違う。

どうかHHKB誕生のエピソードを思い出してほしい。


そもそもHHKBは当時のキーボード製品にあった共通の「不満点」に端を発する。

“モデルチェンジのたびにキー配列が変わる”
“不要なファンクションキーがスペースを圧迫する”

これらを「悪い」と言う者がいなかったら、いまだにコロコロ変わる配列と不要なキーに辟易していたはずだ。

HHKBにもまた不満点はあって然るべきであり、フィードバックしてよりよいキーボードについて思案するのは何ら間違っていないだろう。
左右分割型のスタイルやゲーミング向きのモデルを所望するユーザーは少なくない。


誰もが自前の発明や発見を「完成型」とみなし、足を止めてしまうが、否定的な声を排除し、成長も進歩も改善もしなくなるエコーチェンバーのループに陥るのはもう勘弁してほしい。

いったいどれだけの企業や製品やサービスがその悪循環によって腐敗してきたか思い出してくれないか。

30年間「馬の鞍」にとらわれ続けたことによる機会損失の大きさを考えたことはあるか。
30年前と変わらないソフトウェアエンジニアの仕事が成り立つのか。
特定の言語のみ打ち込んでいればよいというプログラマーなど存在するのか。

HHKBは単なるファッションなのか。


HHKBをベストだとかマストなどと思うのは、品質よりもバイアスの影響が大きかったのだと実感する。

この記事を読んで不快感を抱くとすれば、むしろ幸いである。
そうした「気づき」は重要で健全な反応なのだ。

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