ちょっと盲点だったなこりゃ……
ゲームを買うのはコスパが悪い。ゲームで遊ぶのはタイパが悪い。だから配信と実況を見るだけで十分。
いよいよゲームすらしなくなると、登場人物やシナリオについても有名実況者の動画から得られる情報以外のものがなくなり、誰もかれも似たような話題を共有するのみとなり、クソつまらなくなってしまう。
自分でプレイせずに情報だけのやり取りに終始するから、ゲームの攻略法もほとんど話題にならなくなる。
主人公の魅力ばかりが共有され、肝心のストーリーやゲームシステムのわからないタイトルも多い。
まさかゲームが──ただ視聴するだけで操作パートを省かれるものになるとは誰が想像しただろうか。
今はそういう時代の始まりなのである……
インプットばかりで賢くなったつもりになるも、アウトプットが決定的に足りない。
知識にはなったとしても知恵にはならず、それを繰り返したところで無意味なのである……
だがそれでいい。
見るだけなら見るだけで成り立つコンテンツにすればいいのだ。
マビノギのTHE DRAMA IRIA(2013年)実装時、かなり多くのユーザーが「視聴」という文言を字義通りに読み取り、「ただ見るだけのメインストリーム」と勘違いしたことを思い出してほしい。
実際には面倒なクエストと要求の多い「お使い」だったことでうんざりした人もいた。
13年前ですでにコスパとタイパが重要視されていたことがわかる。
あの時点で路線を変更しておくべきだったのだ。
条件や繰り返しの多いコンテンツではなく、もっとほかに魅力的なものを提供しなくてはならない。
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