不用意に優しく接すると「好意」と捉えられて大変なことになるから……だそうですね。
メールやソーシャルアカウントを教えない、もしくは利用していないと公言することや、「裏垢」を持つのも同じ理由です。
挨拶をされた、目が合った、落とし物を拾ってもらった──。
陰キャやチー牛はその一挙手一投足を非常に狭い視野から見ていることが多いため、自分に対する好意だと解釈し、とんでもない行動に走ってしまうのです。
悲劇的な事故を避けるためには「好意を持たれない」ように冷たくあしらうことが有効なのでしょう。
派手な容姿や態度、陰キャの好まない趣味や趣向、グループで活動するなど、とにかく「付け入る隙を見せない」ことが何より大切。
チー牛は集団を苦手とするため、一人になるときをうかがっています。
それなりに社交性のある人であれば、本能や経験則から危険を判断できるのですが、それは決して特定の人物に対する「差別」ではありません。
地震や台風に備えるのと同じです。
誰でも、どこでも、被害には遭いたくないですよね。
特定の地域は災害に見舞われても構わないというような態度を取ることのほうがよほど差別だと思いますよ。
また「冷たくされた😫差別だ😫」というのがチー牛の言いがかりであることも多く、論理的な思考の難しい世の中でもあることから、ますます弱者を遠ざける必要性が高まっているのも事実です。
チー牛を卒業し、“強者” になる努力をしなければ根本的に解決できません。
砂の上に高層ビルを建てるよりも、そんな地盤が弱くて生活しづらい不適切な場所を避けることのほうが重要です。
海に面した砂漠であれば物資の搬入もしやすいですが、「砂漠のド真ん中」に家を建てるのは自殺行為に等しいです。
チー牛はその……誰も住まない地域に家を建てるために税金にすがったり助けを求めたりしているようなもの。
支援不足ではなく、本人の意識の問題です。
これを「差別」などといって騒ぎ立てるのは、身勝手にもほどがあるでしょう。
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