2014年11月29日土曜日

朝立大雨腹筋

朝から夕立腹筋

2014年11月28日金曜日

キートップを戻す

あとはキートップをしかるべき位置へはめ込むだけ

ドライヤーでキートップを乾燥させる(注意)

自然乾燥でもいいがPBT樹脂は熱に強いのでドライヤーを使うことができる
一般的なキートップは熱で変形する恐れがあるので注意

食器用洗剤で洗う

水と食器用洗剤でキートップを洗う

外されたキートップ

キートップを洗浄する前に念のため配列を覚えておこう

綿棒でHHKBを掃除

綿棒が掃除に便利だ 猫がよく乗るので毛が入り込む
キーは60個しかないが一個あたり約416円だと思うと慎重になるな…

キートップを外したHHKB

汚れはほとんどないが毛やホコリが少々

にわか雨腹筋

しゅうう

2014年11月14日金曜日

ぬこの手

ぬこの手

ゲームをするのに動機付けや目的を持つことは不要である

何をするにも目的・理由・動機・根拠などを求めている人は多い。
ではそれらの条件が満たされなくなれば「やめる」のか?
といわれると、どうやらそうでもないらしい。

つまり自分の都合で決めているということであり、
自分のルールを自分で柔軟に変えているということでもある。

これは考えうる限りもっとも理想的なことである。


ゲームというのは遊び方を他人に示してもらうのではなく、
自分の好きなように進めていくことが非常に大切だ。

ある程度の操作法や用語の解説などは他人に求める必要があるかもしれないが、
そこから先は必ずしも他人を頼りにしなくてもよい。


「共有」について重要なことがある。

ゲームの遊び方や魅力を他人と共有しようとする人はとても多い。
しかし共有することを強制すべきではない。

オンラインゲームの場合、とにかくその「共有」というのが自他ともに負担となりやすく、
「ネトゲ離れ」の大きな要因となっている現実がある。

ネトゲそのものは面白いが、その「面白さ」を誰かと共有しなければならないとか、
ほかの誰かと一緒に楽しまなければならないとか、楽しませなければならないといった、
強迫めいた認識になってしまいやすいのだ。

自分が楽しむためにゲームをするのではなく、
他人を楽しませるためにゲームをするようになるのであれば、
それはまさに「共有」がもたらした害悪といっていいだろう。

だからといって共有を否定しているのではない。

これが私の主張の肝心なところである。

共有することが絶対的に素晴らしいのではなく、
共有することができる相手のいることが素晴らしい。

何でもかんでも共有しようとするのは感心しないし、ときには迷惑にもなってしまうが、
その共有しようとする欲求を快く受け止めてくれる相手がいるというのは
実に素晴らしいことである。

「(^p^)」といえば「(゚p゚)」と返ってくるように、
正式な言語である必要もない。

共有できる者同士でのみ通じる言葉や表現、動作というのは健全な「文化」である。
それは他人に押し付けるものではないし、嫌々ながらに受け入れるものでもない。


これらの点に留意すれば、そもそもゲームをするのに動機や目的意識を持つことが
いかに的外れであり、本当の魅力を損なうことにつながってしまっていたことがよくわかる。

自分が楽しいと思うことをする。

これに勝るものなどないのである。

寒冷腹筋

寒い

2014年11月11日火曜日

ナポタリン

セブンレイブンチーズナポタリン

HHKBの押下圧45g

赤軸やメンブレンと違ってストロークの始まりに押下圧のピークがありストンと落ちる
正確なタイピングにも押しっぱなしにする機会の多いゲームにも最適

エタノールとHHKB

普段からエタノールを含ませた布でキートップを拭く(>ω<)テカりもせず、印字が薄くなることもない

HHKB

HHKBは掃除が楽で(・∀・)イイ!

加齢についての理解

これはあくまで私の認識であるが…

マビと違って誕生日そのものが人を成長させるわけではなく、
体も心も随時、成長ないし変化している。

一つの区切りとして誕生日を記念することには意味があるかもしれないが、
成長や変化のきっかけにはなっても、直接的な力を及ぼすことは決してない。


誕生日を特に祝ったり特別な日という認識を抱いたりしたことのない私は
ちょっとした異端といっていいだろう。

異端なので参考になるかどうかはわからない。

しかし、もちろん誕生日に対して特別な感情や認識を抱いている人については、
それを尊重するし、可能な限り望み通りにしたいと思っている。

2014年11月5日水曜日

ふちんきん

ふちんきん

大人は大変だと吹き込むのは巧妙なビジネスである

「大人になると大変だよ」
子供のころからそう教えられてきた人は多いと思う。

素直な人はそれを真に受け、大人は大変だ、苦労するんだと思い込む傾向がある。

そして人生に生きがいを見出すよりも先に苦労することに圧倒され、
成長を拒んだり、進路や目標を見失ったりしてしまう。

まだ生きているうちから自分がいつか老いて死ぬことを考えさせられ、
途方もなく先の話をいま聞かされ、これからどうしろというのだろうか。

実はそれが一種の「生存競争」、
人間っぽくいえばビジネスの関わる重大な事項なのだ。

自分の能力では出世が難しいとすれば、
他人を失脚させることに期待するほうが容易である可能性が出てくる。
絶対的な得点では劣っても、相対的に他人より優位であればよく、
それは結果的に勝利し、成功を収めていることになるからだ。

自由気ままに人生を楽しんでいる子供に向かって
「いま遊んでいると大人になってから苦労するよ」
と吹き込むのはそういうことなのである。

ただ軽い気持ちで言うのは社交辞令的でいいかもしれないが、
脅迫を込めて言うことには問題がある。

心の正直な人は、子供は楽しいが大人は楽しくないのだと判断し、
いま楽しいと感じている事柄にさえむなしさを覚え、
常に未来のことを心配するようになってしまう。

「大人になってから苦労する」という脅しは、
実際の大人になった時期ではなく、「今」に対して作用する。
人にいつも先のことばかり考えさせるように仕向けるというのは、
まさに「今」を揺るがせているということである。

当たり前のことではあるが、「未来」を正確に予見し、その通りにすることは誰にもできない。

しかし「今」を打ち壊し、混乱や恐怖に陥れることはできる。

「今」を台無しにすれば「未来」も失われたも同然なのである。





「大人になると大変だよ」という忠告に反発して
軽度の非行や反社会的な行動に走った子供のほうが、
結果的に多くを学び、経験し、現実的な生きる能力を身につけている場合がある。

ところが真面目で、素直で、何でも人の言うことを聞く子供は、
与えられるものによってのみ感じ、考え、判断し、行うことしかできず、
偏った経験と非現実的な思考力で満たされてしまうことが多い。

結果的にどちらが幸せだといえるだろうか。

2014年11月3日月曜日

ベストセラーのジョーク

ベストセラーというのはたくさん売れているのではなく
たくさん売っているもののことをいうんだよ。
書店に大量に並べられている同じ本を見たことがあるだろう?
誰も買っていくのを見たことがないんだよ。

2014年11月1日土曜日

オムライスアンパサンドハンバーグ

オムライスアンパサンドハンバーグ

雇用する側もリスクを恐れているから…

雇用する側もリスクを恐れているから無難な人材ばかりを採用しようとする。
これは自然なことである。

しかしリスクを回避し続けると、不測の事態にまるで対応できなくなる弊害が発生する。

それどころか組織の内外にちょっとした揺らぎや変化の起こるたびにどよめき、
いちいち気を取られ、生産的な活動が妨げられるという現実が待っている。

求職者がブラック企業を避けるのと同じくらい、企業も「ブラック社員」を避けているのだ。
お互いの利害が一致することはほとんどないから転職がブームになっている。

求職者が自分に合う会社がないと感じるのと同じくらい、
企業もまた自社に合う社員がいないと感じている。

リスクを避ける究極の方法は求職などしないことに尽きるし、
企業も求人などせず、会社をたたんでしまうのが一番確実だろう。

それはおかしい。

だが、それに近いことを実際にやっているのが人間である。

リスクがなくなれば誰でも成功する世の中になるが、
それはもはや「成功」と呼べるシロモノではなく、
何の充実感も達成感も得られないものである。


今一度「リスク」に関して適切な認識を持つようにしたい。