2011年3月6日日曜日

学校の仕組みがあまり役に立たない理由

先生は生徒を試す毎日であるが、時として先生が生徒に試されることもあるということを認識できていない──。

先生が常に教え、生徒は常に教えられる立場です。

先生が評価を行う授業ばかりで、生徒が評価をする授業はありません。



つまり、評価されることは学ぶのに、評価することは学ばせてもらえないのです。

そのため、他者や物事を評価する能力が身についていないまま卒業し、その状態で『社会人』になってしまっている人が多いのではありませんか?


そうです。

いかに評価されるか。
よい成績や判定を得られるか。
人に見てもらえるか。
といった『受け身』の教育しかされない子供は、物事の見方や捉え方、感じ方、伝え方などに偏りが生じ、しかもそれが『常識』となっているために気づくことができず、そのまま大人になってしまうのです。


私は、このような教育がまともな社会を作り上げるとは思えません。



先生──教育者──は生徒より偉いのですか?

偉いと思うのなら、なぜ自分自身を教育しようとしないのでしょうか?

自分が授業で教え、評価をしているのと同じ仕方で、自分もまた生徒から評価されているのですよ。

こうした点を認めなければ、生徒になめられる──そして潰される──可能性があります。


この覚悟のないまま先生となり、人格が崩壊してしまった人を大勢見てきました。


今のような教育を続けるなら、必ず社会に悪影響を及ぼすことになるでしょう。



それを避けるためには、教育は教えることと教えさせることの両面があること理解し、評価をするだけでなく『させる』ことも積極的に教えることです。

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