2011年2月23日水曜日

独裁者のいないところには平和があるかのようだが…

エジプトやリビアで起きた大規模なデモ。

『独裁者』を支持"しない"人たちの反乱。


私が何度かツイッターで言及したように、どんなに強大で絶対的な支配力を有していても、それを『支持』する人がいなくなれば、崩壊するしかなくなるのです。


これは決して大げさな話ではないので、心して聞いてほしいのですが──


独裁者のいない日本人にはピンとこないかもしれませんが、長年その支配下に置かれている人たちは、自分たちの受けている扱いに対して強烈な『不満』『憎しみ』『悲しみ』を抱いており、支持をするつもりなどこれっぽっちもありません。

それでも、その独裁者を支持する少数の勢力があるので、まだ支配を保っていられるのです。


しかし、そのほんのわずかな支持者すらいなくなったら、独裁者は力を失います。

支持者があっての支配者。
支持されない者は支配者ではないのです。



この『支配』という言葉さえ、現代の日本人にとっては理解しづらいものがありますね。
文化や風習、慣例が異なっているからです。


しかし、
ギルドマスターは時として独裁者になるのかもしれません。
………

………

そんなはずはない! と思っていても"実質的"に独裁者と変わらないのかもしれないのです。

メンバーがいなくなれば、ギルドとしての機能──支配力──を失うからです。
なぜメンバーがいなくなるのか…?
マスターのやり方が不適切か、独裁的だからです。
「そりゃあ独裁者なんて長続きしないよw」と思いますか?
リビアの支配は40年間も続いているのです。

徹底した独裁支配を行うと、すさまじい力を発揮するという例です。



では、独裁者のいない世界はどうなっているでしょうか?

日本のように短期間で次々と総理大臣が変わり、そのたびに問題は減るどころか増えて、国民への負担が増大しているのが現実です。

結局、どんな支配や政治形態を試みても、それを支持しない人がいる限り、いつ崩壊しても不思議ではないということです。

こういう意味で、あらゆる国民は地を明るく照らす「太陽」のような素晴らしい指導者や神々を求めてきましたが、それは"暗く"なり、光を反射する「月」のような存在も見えなくなってしまいました。

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